月夜見

   “秋の夜長に見る夢は”

      *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより

 

このところ、この温暖な藩でも気候が微妙にずれる年があるようで。
夏は話に聞くもっと南の外つ国みたいに、
ただ暑いのみならず途轍もない驟雨が唐突に襲い、家や田畑が水没しかねぬ荒れようだったし。
そうかと思えば、陽気も良い晴天も多く、

 『いつまでも過ごしやすい晩が続いたんで、こっちは商売あがったり。
  客が来ないんじゃあ情報も集まらぬ始末だったよ。』

夜泣きそばの屋台を切り盛りしつつ世間の情報というものも集めているお仲間の大男も、
こういう邪魔が入ろうとはねと苦笑しきりの秋だったのが、
やっとのこと綿入れを出さないと朝晩は冷えるという按配になって来て。

 “まあ、こちとらそういう贅沢には縁がないままだが。”

野宿するのが当たり前のぼろんじを装っている関係で、
気候に合わせての衣替えなぞすることもないし、
もともとの性分としてあまり暑い寒いには動じないので、
全く感じぬわけではない寒風の中、寒い寒いと肩をすぼめる子らを見て、
冷やより燗酒を勧められつつ、ああそういう頃合いかと“知る”という順番だったのだが。

 「やっぱ うんめぇな、おやっさんのソバ♪」

特に目串を差していた事案もないまま、
申し送りがないかと立ち寄った屋台にて。
夜回りの途中だという、麦わら帽子の岡っ引き、ルフィ親分と出くわして、
そのまま夜食らしいソバを手繰るのにお付き合いすることとなった、
一応 “虚無僧”ということになっているが、その実は公儀隠密のゾロ氏だったりし。
この藩の上つ方の所属ではなく、幕府の狗という格好の、いわば余所者。
ぼろをつついて密告するよな立場だが、
大目付のレイリー翁にも実情はすっかり知られている優等生な藩であり、
隙あらば裕福な藩の足を引っ張りたいらしい幕府筋へ、
一体何を報告することがあるのかと 素っとぼけておきなさいなんて遠回しに示されたこともあったほど。
内からも外からもフォロー、もとえ頼もしき支持層がしっかりついており、
そんなところの監視役だなんて、いわば閑職のようなもの。
結構腕も立つ身の自分がこんな退屈な地に置かれているなんてねと うぬぼれ半分の苦笑が絶えないが、
強いて言えば、豊かで穏やかという安寧なところへ付け込まれ、
外つ国からという意外な巨悪が一気呵成になだれ込んで来るやもしれぬ。
そういう輩が資金源とするご禁制の舶来品の密輸やら、
足場にするべく持ち込まれよう人身売買の拠点とならぬように監視をし、
それが藩主ネフェルタリ・コブラ殿の傷にならぬよう尽力してほしいらしい。
ということで、胡散臭くてだらしない ぼろんじを装いつつも、
気のいい小さな岡っ引きの少年に、愛想を振ってみたりする日々だが、

 ……そっちは偽装のためじゃあないような気がする人、手を上げて。(笑)

この、小さい癖に全身にお元気と真っ直ぐな気勢を孕んだ岡っ引きのお兄さんにも、
様々な方面からの寵愛もどきな支援が掛かっており。
お元気の糧なのだろう大飯喰らいなところへも、
ツケがいつの間にやら清算されているという、不思議なお手当てがついている。
どれほど行動を把握されているものか、こちらのような屋台への払いまで、
先だっての捕り物へのご褒美だとか、こないだの雑踏での掏摸騒ぎへのお礼だそうなとか、
色んな名目付きで、もう頂いておりますよ扱いになることが多いそうで。
(誰ですか、ご都合主義にもほどがあるなんて呟いているのは。) ぎくり☆
大きめの丼に、甘く煮たお揚げと小口ネギの刻んだの、小さい蒲鉾まで添えられた、
屋台のソバにしちゃあ結構体裁の整ったのを美味い美味いともう5杯目を平らげた親分さん。
体が温まってきたら眠くなんのが困りもんだよなぁなんてお気楽なことを言う。
此処のところ急に寒くなってきましたから、晩の見回りは大変になりますねぇと、
屋台の親父さんが話を合わせたところ、

 「まあ、夜回りの当番は、そうそう回ってこないけどな。」

ルフィ親分、たははとちょっぴり困ったような顔になったのは、
朝型で夜半過ぎると身体が温まってなくとも眠くなる性分なのをお仲間のみんながようよう知っているからで。
それで、余程の警戒態勢ででもない限りは昼間の見回りを多めに振られているらしい。
それでなくとも、住人達はさほど切羽詰まってもないご城下ゆえに、
小さな揉め事やら押し込み強盗やらは何処からか流れて来た余所者一味がやらかす程度。
大きな案件には藩主様直属の隠密さんも暗躍し、情報はそりゃあ素早く行き渡るため、
そういう時に頑張ればいいよと甘やかされておいでならしく。

「そうそう、昨夜は妙な夢を見てな。」

照れ隠しか、話題を変えようとする親分だったのへ、

「俺は大きい船に乗って海に出てるんだ。何と海賊なんだ。」
「それはまた。」
「岡っ引きの親分が海賊ですかい?」

屋台の御亭と坊様が、感心したように聞き返せば、

「おうよ。」

現実の武勇伝ででもあるかのように笑顔で返した親分だったが、

「でも何てのか、」

海賊っていやぁ、ならず者の一味ってはずなのに、と。
そこは親分自身にも平仄の合わない筋書きだったようで、

 港々で、暴力振るったり地主だの役人だのってのを笠に着るよな連中にも結構鉢合わせてな。
 町の人を困らせてるような奴らに腹ぁ立てては、辛抱出来んくて大騒ぎになるほど暴れて。
 そいで気が済むまでぼっこぼこにしてやってから、
 奉行? 船手組みたいのが “縄(バク)に付け”って捕り方率いて追っ掛けて来るのから、
 やなこったいって逃げるのの繰り返しで、何かすげぇ面白くてな。

…と、何だか ただの海賊ではないらしい冒険譚が楽しくってしょうがなかったご様子で。
学問所の役人がえれぇアブナイ薬作ってたのを、片っ端から機械を壊して役に立たなくしてやったり、
沢山の船団率いてる他所の海賊とどっちが船足が速いかって競争で勝負したり。
生きてくのが難しいほど禄を無理から持ってく領主のとこへ殴り込んでって、
騒ぎを聞きつけ、もっと大きなところの差配に全部伝言したって隠密の大役人から言われてしょげてる前で、
蔵を全部開け放って広場で大宴会に持ち込んだり。

「そりゃあ面白そうですね。なんだか世直しの旅みたいで。」
「よせやい。俺ぁそんな柄じゃあねぇ♪」

「ただ…。」

何かしら付け足しかけて、隣に腰かけている雄々しい肩の坊様の顔を見、
う〜んとちょっと考え込んでから、

 「何でかな、坊さんも一緒に海賊やってたんだよな。
  そりゃあ凄げぇ腕前の剣豪で、呑兵衛だけど いざって時は
  この藩の同心の旦那方全員合わせたくらいの大人数でも ぺいって一薙ぎで切り伏せちまってよ。」

凄かったぞ〜っと素直に感心する親分なのへ、何かしら心当たりでもあったのか、
げほごほ、酒に噎せて咳が止まらなくなったお坊様だったそうでございます。





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